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岩戸神社甑穴
岩戸神社の南側には、ところどころに緑色片岩の岩盤が露出しており、その岩に石うすのような穴が見られる。これを甌穴といって、昔水流によって岩に穴があいたものである。そして甌穴は大少14個ばかりあるが、最大のものは直径90センチ、深さ1メートルもあり、常に水のたまっているもの、ひょうたん型のものなどがあり変化に富んでいる。
伝説によれば昔忌部族がアサを植え織物をつくるため石をえぐってうすを作り、これでついて糸にし、池でさらして岩上に干した遺跡ともいわれる。また最も高い岩の上に直径が35センチ、深さ35センチの穴があり、その中の水は干天にもかれず、大雨にもあふれることはないと昔から伝えられ、誰がいうともなく、この水をいただけば重い病気も治るといい、遠近の人々はこの水を延命水とあがめていると、阿波志に記録されている。
また、土御門上皇もこの地に来られたとき、この霊水で病を治したとも伝えられている。また、この神水を穢したときは風雨が起きると天日鷲宮縁起にも記されている。
土地の人々は、この霊水はこのように由緒ある尊いものだから、その前に船戸神の祠を作り、そこに水がめを備えつけ、神職が霊水をくみ入れておき、参詣人は備え付けの小さな竹柄杓にて容器に霊水をくみ取って持ち帰り、決して岩穴の霊水に手をふれなかったと言い伝えられている
岩戸神社付近は、もとの吉野川の河床であった。河床の岩が流水の作用により磨耗して甌穴ができることは、緑泥片岩の特長である。さらに、岩戸池、学の森池、川島の蓮池など一連の河跡があり、約1千年前には、吉野川は山川町湯立から川田川を合わして、山崎の山ぎわを東流し川島町学島を経て、同町久保
田から現在の吉野川の位置に流れこんでいたと推定される。
平成9年9月17日、岩戸神社の甌穴を「山川町指定史跡・名勝天然記念物」として指定した。
山川町教育委員会