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各種棟付帳並びに検地帳
麻植(おえ) 郡川田村、東西両川田村、川田山、瀬詰村、山崎村、種野山、桁山 の棟付帳・検地帳を主とする史料群である。棟付帳関係は39冊、検地帳関 係は107冊、その他12冊の計158冊である。
棟付帳は、家数人数改帳ともいい、戦陣や土木工事などの夫役負担能力のある男子を把握するために作成された帳簿で、身居(みずわり)(本百姓などの農民身 分)、戸主名、所持石高、家ごとの家族状況、年齢、牛馬数などが記載され ている。なお、文化5(1808)年の棟付帳等には女子も記載され、戸籍台帳 化している。 検地帳は、一筆ごとに耕地の小字名、地目、等級、面積、石高、耕作者 が記され、年貢徴収や土地所持に関しての最も基礎的な帳簿である。なお、 「慶長九(1604)年検地帳」は「天正十七(1589)年検地帳」を筆写したもので あり、「新開検地帳」は新しく開墾した田畠を検地した帳面である。 これらの中で、「慶長十四(1609)年 麻植郡棟附帳」と「寛永九申(1632) 年 麻植郡西川田村棟付帳」の江戸初期に作成された棟付帳は徳島県下どこにもなく、極めて貴重な史料である。前者は麻植郡の各村の村高・棟 数・本百姓数・政所(まどころ)(のちの庄屋)数などが記載され、とくに川田村分では 給人単位に給知高と本百姓などの身居・百姓名が記されており、慶長期 の村の状況を知ることができる。後者の本来の帳名は、末尾の貼紙から 「寛永九年正月廿五日 麻植郡之内川田村蔵入分 政所 百姓 棟人数之 御帳」であった。この帳簿の特徴は、最初に同族の総石高と戸主の身居・ 名前、家族名等が書かれ、次に同族家族の石高が「右之内」として記され るなど、近世初期の家父長制的複合大家族の実態を知ることができる。 また、この「右之内」記載は、明暦3(1657)年以降の棟付帳の「壱家―小 家」(本家―分家)記載につながるものであり、当時の農業経営形態や村落 構造の変遷を考察するのに大変貴重な史料である。
吉野川市教育委員会